エンジニアの技術レベルを落とさず、モチベーションを上げるための賃金設計
専門性が高いほど、会社ではなく職業に対してバリューを見出す
IT業界におけるエンジニア職は、会社ではなく職業そのものにやりがい・誇りを見出しているケースが良くあります。
これはIT業界だけでなく、医療業界・建築業界・金融業界などで高い専門知識のもと業務を行っている社員によく見られる傾向です。高い専門知識を身に付けていると他の職種に比べて転職が容易な為、組織人よりも職業人として仕事観を持っている社員が多いからです。
組織人は組織に、職業人は職業に対して価値(働き甲斐)を見出します。言い方を変えると、職業人で管理職になりたい人(つまり、昇進したい人)は他の職種に比べると少ないとも言えます(出典:ソフトウェア技術者のキャリア・ディベロップメント―成長プロセスの学習と行動 三輪卓己著)。
一方で、人員規模が小さい会社などでは特に、エンジニアとして優秀な社員を管理職にする傾向があります。本当に人材がいなくて致し方ない場合もあるのですが、これはあまり得策とは言えません。
なぜなら、エンジニアとして優秀な社員にはマネジメント業務をやってもらうよりもエンジニア業務に徹してもらっていた方が全体として生産性が高いし、本人のモチベーションも上がるからです。
だからと言って、IT企業にマネジメントが必要ないかというとそうではありません。他の業界と同じようにヒト・モノ・カネの管理は必要ですし、新人への技術承継も必要です。
また、新人への技術指導などはある程度教える側のレベルがないと出来ません。
ここまで聞くと、企業の生産性を上げるためにはこの二律背反ともいえる条件を克服しなければならないように聞こえますが、打つ手が全くないわけではありません。
専門職を育てる給与制度・職務分掌となっているか?
この課題を克服するための方法はいくつかありますが、大きな方向性としては以下になります。
①技術専門職と管理職の賃金水準をある程度そろえる
ある程度の規模の会社の給与システムとして多いのが、1)会社への貢献度(収益・技術)と 2)マネジメント対象人数により昇給していくようなシステムです。2軸の賃金システムそのものを変更する必要はないと思いますが、問題なのは賃金の水準です。そもそも、2軸の賃金システムとは「専門職に進む道」「管理職に進む道」いずれも選べるというのが最大の特徴です。しかし、1)会社への貢献度(収益・技術)について全社員一律に上がる場合、このシステムは意味をなさなくなります。管理職の方が金銭的に優遇されるからです。そのため、専門職の昇給幅については、管理職に昇進した社員と総額ベースで見て同じくらいになるように設定しなければなりません。
②専門職とそれ以外の社員で昇給幅・もしくはテーブルを分ける
①の要となるのが等級要件です。専門職の等級要件については、専門職以外の容易には超えられない要件とすべきと考えています。つまり、専門職については一般的な技術水準の社員と違う幅で昇給させるか、専門職にしかたどり着けないテーブルを設けて昇給させることとなります。前者後者どちらがいいかは、技術水準の習得にかかる時間によります。(おそらく後者に適合する場合が多いと思います)
③技術指導業務と管理業務を分離する
「指導業務と管理業務はセットで同じ人が行わなければならない」という先入観は捨てて良いと思います。育成責任を背負わず日々技術だけ教えるなら気軽に指導業務に携わることができますので、指導頻度は増えると予想されます。管理業務については、なるべく省力化していった方が良いでしょう。現在、勤怠管理システムなどは高度化し、管理業務にかけなければならない時間や手間は一昔前に比べ減っています。こうしたシステムをうまく使い、「ヒト」が携わる部分はプライオリティの高い業務に集中させた方が良いと思います。
現在人事制度の改革を行っている会社については、指導業務だけを担う専門職に「アソシエイト」という称号を与え、指導業務の対価としてアソシエイト手当を出すこととしました。対価を出すことにより指導のモチベーションも高まるため、必要な人件費と考えています。
現在、IT・通信関連のエンジニアの転職求人倍率は7.5倍と大変高く(出典:DODA 転職求人倍率レポート 2017年1月)、即戦力の採用は困難を極めています。
その中で、優秀な人材に長く働き、会社の中でしかるべき役割を果たしてもらうためにはそれ相応の対価を払わねばなりません。現在人事制度改革を行っている会社では、レベルの高いエンジニアに賃金を払う用意はあったのですが、払い方のルールが明文化されていませんでした。
エンジニアは安定しない給与を嫌うため、賃金については一定のルールを敷いて「今だけでなく今後もこのくらいもらえる」と安心してもらえることが重要です。
本ご支援先では、新制度の導入によりレベルの高いエンジニアの離職防止につながるのではないかと期待が抱かれています。
また、アソシエイト職の導入により、今まで囲い込まれていた技術の共有・後輩社員への指導などがスムーズに進むことも期待されています。
組織に人を合わせるのではなく、人に組織を合わせる
技術的な専門性の高さは、ある程度自律度の高さと連動すると考えています。自律度の高い職種では、ヒト・モノ・カネの管理の中で「ヒト」自体のウエイトはそこまで高くないと思っています。むしろ、無理やり管理しようとすることにより、逆効果となる場合もあります。
一方で、こうした職種では「ヒト」の技術水準(能力水準)の管理は大変重要です。技術水準が企業存続の生命線となり得るからです。技術水準を落とさないような人事制度というと分かりにくいですが、つまり、技術レベルの高いエンジニアが辞めたくならないような制度を作れば良いということです。
同一労働同一賃金の推進により、今後IT業界における労働市場も大きく変わってくると予測されます。IT業界における同一労働同一賃金は、新しい実力主義と謳われることもありますが、給与がベースアップするわけではありませんので、正社員の待遇はむしろ(契約社員やパートと比較して相対的に)下げざるを得なくなる可能性があります。
求職者(特に能力の高い人)は給与水準にシビアになりますし、雇用側は能力の高い社員を雇用し少ない人数でプロジェクトを回そうとするため、優秀な人材は今以上に取り合いになります。
その中で、人事制度に限らず、自社の技術水準を維持しようとする取り組みの重要性は増すと思われます。